旅の記録

<その1>

広島・山口方面 2004年11月20日〜11月23日

第1日  朝6時に自宅を出発。肌寒さも感じず,とてもいい天気だ。飛行機で広島へ向かうが,飛行機に乗っている時間より,羽田に向かう電車の方が時間がかかる。土曜日のためか,通勤時間帯にもかかわらず,新幹線山手線も空いている。ずっと座っていくことができた。
 羽田空港に着いたが,電車の空き具合とは裏腹に,チェックインカウンターも搭乗口入り口の荷物チェックも長蛇の列。余裕を持って来てよかった。
 さて,今回の旅行の最初のアクシデントは,バッグの横ポケットに入っていた万能ツール。入っていることを自分でも気付いていなかったため,チェックの職員にとがめられ,バッグの中をかき回す羽目になった。

 JAL1605便は,満席だったが定刻に離陸,全く揺れることなくこれまた定刻に広島空港に着陸した。
 時刻はお昼ちょっと前,空港内のラーメン店で軽めの昼食をすましてから,
レンタカーの案内所へ。ニッポンレンタカーの広島空港営業所まで送ってもらう。

 まず向かったのは,今回の旅の第一目的地,「広島平和記念公園」。原爆ドームを含む一帯。もちろん「広島平和記念資料館」も見学した。平和記念公園にも資料館の中にもたくさんの観光客がいたが,この場所に来たからには,ただ観光するだけでなく,ここがどういう場所であるか,そしてそういう場所に対して自分はどう思うのかをしっかり考えてほしいと思う。
   
平和記念資料館入場券 大人50円
 さて,原爆関係の史跡を見学し終わり,公園内の広島市レストハウスでひと休みしてから,寺社巡りに移った。時刻はすでに3時半。予定では,たくさんの寺社をリストアップしていたが,時間的にたくさんは無理。
 初めに不動院へ向かった。「広島新四国八十八ヶ所霊場」の第25番であるが,次の寺の方が興味深かったので,ご朱印ももらわず,お参りだけしてすぐにここをあとにした。
 続いては三瀧寺です。このお寺は境内が広く,「中国三十三観音霊場」の第13番。納経所は,石段をかなり登った境内の一番奥にあるが,そこまで行って,なんとご朱印帳を車の中に忘れてきたことに気付いた。大きな寺で,まだ参拝客は多かったものの,夕方に近く,何となく薄暗くなってきており,車までもう一度戻って取ってくる気力もなく,差し替え用のできあがったものをいただいてきた。なお,この2寺とも,写真はリンクさせていただいたページにたくさんあるので,そちらをご覧あれ。
 時刻も4時半を回り,薄暗くなってきたこともあって,2か寺しか回れなかったが,今日はここまでとし,今夜の宿に向かった。
 今夜の宿はホテルマルコーイン広島ごく普通のビジネスホテル。可もなく不可もなくって言う感じ。普通ホテル内のレストランは結構いい値段なので,一人旅のときは夕食は外に出て食べるのだが,ここはそんなに高くなかったことと,少し疲れていたのでホテル内のレストランでカキフライ定食を食べ,生ビールを飲んで早々に寝てしまった。
第2日  ホテルでバイキングの朝食をおなかいっぱい食べ,8時頃山口に向けて出発した。今日の最初の目的地は「回天記念館」とそのすぐ近くの「回天発射訓練基地跡」。やはり戦争遺跡である。広島から山口県周南市までは山陽自動車道経由でおよそ1時間半。回天記念館はフェリーで大津島に渡らなければならないためフェリーの時間が気になる。
 42分間の船旅を終え,大津島馬島港に上陸。このフェリーは観光船ではなく,生活の足のためか,下船した人のほとんどは島の人のよう。回天記念館へは港から10分ほどだが,そこへ向かったのは数人のみ。記念館付近には,回天関係の史跡が比較的多く残っている。メインの発射訓練基地跡を初め,隊員宿舎跡,変電所跡,訓練にも使われた階段跡など。発射台に向かうトンネルも当時のままで,レールこそはずされているが,トロッコのレールの幅にコンクリートで埋めた跡が残っている。
 回天記念館は隊員たちの遺品や遺書が1000点あまり展示されていた,隊員たちの平均年齢が22歳ということで,昨日の広島同様,当時のことを思うと,気が引き締まる思いがした。

このフェリーで

島に上陸

回天の実物大レプリカ
回天記念館,島内の戦跡に関しては,こちらのサイトに多くの写真が載っています。
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/kai-oozu.htm
http://homepage3.nifty.com/bodhi/ozu/ozu.htm
http://www.ccsnet.ne.jp/~h_fujii/kaiten/kaiten.html
回天記念館入場券 大人300円
 島内の戦跡をいくつか回り,何となく重苦しい気分で港に戻ってきた。お昼時である。この島には洒落たレストランや気軽に入れるラーメンやなどない。港の近くの小さな食堂に入った。天ぷらうどんを注文。あまり期待していなかったが,出てきた天ぷらうどんは小エビがたくさん入ったかき揚げ天ぷらが乗っていた。値段の割に結構うまい
 フェリーの出航まで30分弱。この島は釣り客も多く,ボーッとしながら,岸壁で釣りをしている人たちを眺めていた。

 午後からは今日も寺社巡り。半日ということでいくつ回れるか今日も不安であった。
 やはり予定通りには行かず,4か寺社にとどまってしまったが,午前中の重苦しい気分を晴らすには十分。晴々した気分で回ることができた。
 回ったのは,
 @阿弥陀寺 A周防国分寺 B防府天満宮 C瑠璃光寺
 ご朱印や境内の様子は,「寺社巡りとご朱印」のページを!
周防国分寺拝観券 大人500円
 本日の寺社巡りを終え,向かった今夜の宿は山口市湯田温泉「ホテルニュータナカ」。
 このホテルは温泉街の中にありながら,ビジネスホテルのようなシティーホテルのような。屋上に露天風呂があり,そこはさすがに温泉街のホテルって感じ。温泉街なので,外に出ればいくらでも食べるところはあっただろうけど,温泉に入ってしまったら外に出るのがおっくうになり,どうしようか考えた。このホテルはホテル内に4つの味処があり,普通の居酒屋もあった。結局外には出ず,この居酒屋で適当につまみながらビールを飲んだ。最後はおにぎりを食べ自室へ。この日は日曜日。田村正和と黒木瞳のドラマを見てからベッドに入った。
第3日  ホテルでの朝食はバイキングがいい。このホテルの朝食バイキングは前日のホテルより開始時刻が早く,種類も豊富で嬉しい。納豆を2個食べてしまった。
 さて今日は,山陽自動車道を200km戻って尾道へ。今回の旅行は行きたいところから日程を立てたため,順序がめちゃくちゃ,全然効率的でない。ただ,今日の尾道は付け足しみたいなものなのでそれほど気にならない。
 さすがに200kmは遠く,尾道に着いたときは11時近かった。早速「尾道七仏巡り」を始めようと,カーナビにしたがって初めの寺に向かおうとしたが,たどり着けない。尾道の街の中はメインの通り以外,「道がとても狭い」「寺への道が車道でなく歩行者道」「駐車場がない」と,車で寺社巡りをするにはとても都合が悪い。前もって尾道市内の地図で回る順番をチェックしておいたのだが,,てっきり車が通る道だと思ってチェックしたところが人しか通れない道だったり。車で回れないということは,時間的にかなり厳しい。それでも仕方なく駐車場に車を入れ歩いて回ることにした。
 七仏巡りの順番は狂ってしまったが,初めは山上にある千光寺へ。ここで七仏巡り専用のご朱印帳を購入する。これに各寺院でご朱印を押してもらい,最後の寺では「満願成就」のスタンプと共に,このご朱印帳を飾るための紙でできた掛け軸がもらえる。
 初めに手間取ったため,千光寺を参拝し終わるとすでにお昼。駐車場近くの土産物屋で肉うどんを食べる。大津島での天ぷらうどんもそうであったが,ここも土産物屋のうどんにしては出汁もきいてておいしかった。
 3時頃無事に7か寺回り終わり,小腹が空いたので,街に戻り尾道ラーメンを食べてみた。ラーメン店はたくさんあるんだろうけど,調べた訳じゃないので目に付いた店に入ったが,濃いめの味で私にはとてもうまく感じた。
 七仏巡りの様子はやはり「寺社巡りとご朱印」を!
 とりあえず尾道での目的は達したが,ホテルに行くにはまだ早かったので,「おのみち映画資料館」へ行ってみた。尾道の映画といえば,「尾道三部作」で有名な大林監督なのかと思ったら違うんだね。小津安二郎監督なんだということを知らずにいた自分が恥ずかしい。ここにはミニシアターもあり,結構楽しめた。ここをめあてに来る人もいるんだろうけど,特別映画ファンでもない私にとっては,ちょうどよい時間調整の場であった。
おのみち映画資料館入場券 大人500円
 もう1か所,「招き猫美術館in尾道」にも行こうとしたが,寺と同じ事情で車で行けず断念。仕方なくそのまま今夜の宿へ。今夜の宿は「尾道ポートプラザホテル」。(旧ホテルサンルート尾道)
 ここは,前日,前々日のホテルに比べてちょっと??? 尾道の街と線路をはさんで反対側のため,回りには飲食店など何もなく,しかもホテル内にはレストラン(といえるかどうか)が1か所だけ。部屋もきれいとは言えない。仕方なくレストランに行き,最後の夜なのにつつましく食事をして部屋に戻った。月曜日のため,織田裕二と矢田亜希子のドラマを見てからベッドに入った。
第4日  まあなんとか心地よく目覚めて朝食へ。しかしこのホテルはバイキングではない。しかもおかずは貧弱。ご飯や生卵はおかわり自由だったが,それに気付いたのはその場を出るとき。食事を持ってきたおばさんが一言言ってくれればおかわりしたのに。
 とまあ,不満を感じながらホテルをあとにし,空港方面へ向かう。しかし,まだ少し時間があるので,通り道にある神社とお寺に寄ってみる。神社は御調町にある「御調神社」。結構大きな神社だったけど,宮司さんおらず,ご朱印もらえず。お寺は三原市にある「佛通寺佛通寺は予定していった寺じゃなかったけど,大正解。紅葉の真っ盛りでとてもきれいだった。
   
 空港の近くで給油後,レンタカーを返却して空港まで送ってもらう。自分が今まで乗ってきたレンタカーで送ってもらうのも変な気分だったが。
 空港では,バッグに入りきらないほどのお土産を買い,早めの昼食を取った。食べたのは「海鮮中華丼」。まあまあの味でした。
 例のナイフは面倒なので処分してきちゃったし,帰りは何の問題もなく搭乗でき,JAL1606便で帰路についた。窓際の席だったため,雲一つない晴天で富士山を初めすばらしい景色を楽しむことができた。広島からの上り便はほとんど陸地上を飛ぶんだということが分かった。
 行きと逆方向の電車を乗り継ぎ,自宅に帰り着いたのは午後6時であった。途中でおなかが空いたので,小山駅の待ち時間に久々に駅そばを食べた。それのなんとうまかったことか。
 今回の旅行,自分では行く前から,単なる観光旅行にしたくないと思っていたが,広島や山口・大津島を訪ねて,戦争についてさまざまなことを考えさせられた旅であったことを付け加えておく。(了)



<その2>

予科練記念館(雄翔館)2005年4月3日

 春風に誘われてふらっと出かけた。目的地は,前から行ってみようと思っていた「予科練記念館」。正式には「雄翔館」と言うらしい。
 ここはかつて「土浦海軍航空隊」が置かれていた場所で,現在は「陸上自衛隊土浦駐屯地(武器学校)」になっている。
 行く前の情報収集では,「正門で受付をしてから自衛官の案内で・・・」ということだったが,今日は「交流お花見会」ということで,正門で「女性自衛官」がにこやかに迎えてくれた。
 車を駐車場に置き,早速予科練関係の施設へ。ちなみに「お花見会」とは言うものの,桜は全く咲いておらず。お花見にはならない。

 雄翔館に向かう道の横には,退役した陸自のヘリコプターや戦車が雨ざらしになって並べてある。一応説明版は付いているが。
    
 桜並木だから,咲いていたらかなりきれいだろうと思いつつ,いよいよ雄翔館へ
 雄翔館の外観前にあるのは山本五十六元帥の銅像。
 
 雄翔館前には,日の丸をつけた軍用機が。旧日本軍のものかと思ったら,アメリカの「テキサン」という飛行機でした。
 雄翔館の内部は残念ながら撮影禁止。
 展示内容は,ここを巣立ち,戦死した予科練生たちの,遺品,遺書などが数多くありました。しかし,無造作とまではいかないものの,管理が行き届いてるとは言い難く,なんだか複雑な思いです。
 雄翔館の隣には雄翔園という庭園があり,ここには「予科練の像」があります。
   
 予科練の像には,たくさんの献花がなされていました。
 この敷地には,いくつかの旧軍の施設が残されているようです。上の写真は,当時は「医療棟」として使われていたものだそうです。
 予科練関係の施設は,武器学校の入り口近くだけで,す。情報によると,奥には,霞ヶ浦に面して,旧軍の施設が残っているようですが,残念ながら,一般には開放されおらず,見ることはできませんでした。

 全体的には,以前見た回天記念館の方が,保存状態は良いようです。
 これを作った人の意図によっても違うのでしょう。

 売店では「迷彩色」のグッズがいろいろ売られていました。

 およそ1時間で見学を終わり,車に戻り,女性自衛官の笑顔付きの敬礼に見送られて正門をあとにしました。



<その3>

静岡方面 2005年8月26日〜28日

 今回の旅の目的は「越すに越されぬ大井川」を見ることと,浜名湖でウナギを食べること。

第1日   台風の接近が心配される中,様子を見ながら朝6時半に車で出発。常磐高速,首都高を通り東名高速に向かう。出発が遅くなった分,首都高の平日の渋滞にはまってしまった。しかし渋滞はそれほどではなく,すんなり東名高速に入る。
  途中各サービスエリアに寄りノートにスタンプを押しながらだから,多少時間は多めにかかる。

  最初の目的地は三嶋大社だ。今回の旅の安全を祈願する。実は,以前,私の職場でアルバイトをしていた女性が結婚する前に巫女さんとして三嶋大社に勤めていたというのをふと思い出したからという不純な動機で。

随神門

拝殿

ご朱印
  15分ほどの参拝滞在で次に向かう。 清水まで再び東名高速に乗る。それにしてもカーナビは便利だ。迷うことなくすんなり目的地へ連れて行ってくれる。
  清水では,海潮禅寺そして清見寺へ向かうが,見るべきものもなく・・・実はご朱印をもらえそうもなかったので,(他の方のサイトでは清見寺のご朱印を紹介していました。)次へ向かった。
  次に向かったのはフェルケール博物館。港町清水の,海に関する博物館だ。歴史的な部分は興味があったが,展示物もそれほどではなく,ちょっと期待はずれ。
フェルケール博物館・・・入場料400円は高い。
  さて,まだ時刻は早いので清水の街の中へ。清水といえば次郎長が有名。次郎長の生家や墓がある梅蔭禅寺へ行ってみた。まず,梅蔭禅寺。生家より墓が先っていうのも変な話だが,生家は商店街の中なので駐車場を考え後回しにした。

庫裡へ通じる門

立派な本堂

次郎長の像

次郎長の墓

ご朱印
 続いて次郎長の生家へ行ったが,車が止められない!! だから写真も撮れない。残念!!!
 次に向かったのは三保の松原と御穂神社。羽衣の松も立派ではあったが,感動するほどではなかった。
 羽衣の松。どの方向から
見ても大したことないと思う
のは私だけかな。

御穂神社拝殿

ご朱印
  この時点で午後3時。11時前にSAでラーメンを食べただけだったので,かなりおなかが空いた。近くの食堂に入り,茶蕎麦と桜海老のかき揚げを注文した。この時期だから生の桜海老ではないだろうが,値段の割に結構上手かった。ただ,この時刻の天ぷらが後でおなかにかなり響いた。
  もう1か所,本日最後の見学場所,静岡浅間神社へ。ここは参拝もろくにせず,単にご朱印をもらうだけ。神様ごめんなさい。
神社にしては上手く書いてある方でしょうか。
  4時半になり,本日の見学もここまで。
  元々予約などしていない旅なので,ガイドブックで今夜の宿を探す。静岡市内であるが,あまり駅に近いと人波がすごいので,どうせ車だし,駅からは多少離れたところのビジネスホテルに泊まることにしている。

  今夜の宿はホテルOAK。細長い土地に建てたため,妙な造りである。しかし,大浴場もあり夕飯時まで部屋でくつろぐ。
  夕飯を食べに外へ出た。生ビールが飲めればどこでも良かったが,ホテルの周りは居酒屋ばかり。なかなか一人では入りづらい。結局,夕飯も蕎麦屋に入る。ご飯より蕎麦が好きなくらいだからかまわないけど。でも,この蕎麦屋,生ビールがなかった。瓶ビールを2本飲み,もり蕎麦をすすり込んで,早々にホテルに引き上げた。
第2日  適度な堅さのベッドでぐっすり眠ることができ,朝6時半には快適な目覚め。ビジネスホテルにしては安い朝食だったので,朝食を済ませてから出発することにしていた。7時からの朝食に,7時ちょうどに食堂に行くと,客は私一人。客が少ないからか,バイキング形式ではなかったが,担当のおじさんと世間話をしながらのんびりたっぷり朝食をいただく。味は可もなく不可もなくってところ。
  8時20分に出発。丸子宿の吐月峰柴屋
寺と誓願寺に行ってみたが,参拝時刻は9時からということで門外から眺めるだけにとどめ,蓬莱橋に向かう。
  この蓬莱橋は今回の旅の目的の1つである。
  大井川にかかる世界最長の木造の橋。ギネスブックにも登録されている。渡り賃が100円かかるところから,地元では「賃取り橋」と言われているそうであるが,観光地である。仕方ない。果たしてこの橋を生活に利用している人はいるのであろうか?

島田側の橋のたもとに管理小屋があり,しっかり100円取られました。それ以外にも維持費のための募金箱があったので100円入れておきました。
    
島田側から撮ったものです。徒歩で渡るのにおよそ10分。遮るもののない炎天下,汗だくです。
   
左2枚の写真は,渡りきった金谷側から見た蓬莱橋。右2枚は橋の下を流れる大井川の様子。
 蓬莱橋を島田→金谷→島田と往復し,次に向かったのは千葉山智満寺。今日3つめの寺だが,境内にはいるのは1つめ。すれ違えないような山道を登り,車を降りてからも石段をかなり登る。完璧な山寺である。でも,本堂前は大樹が多く,風が心地よい。
   左から長い石段と本堂,ご朱印
  千葉山智満寺をあとに,今度は江戸時代の史跡島田宿に向かう。先ほどの蓬莱橋は明治になってから作られたものだから,時代は逆戻りといった感じ。お昼近かったので途中で昼食。今日も蕎麦屋に入りもりそばの大盛りを食らう。どこへ行っても蕎麦屋とラーメン屋はあるので昼食に不自由することはまずない。
  さて,島田宿ではまず島田市博物館を見学。ここで,川越の基礎知識を仕入れる。「越すに越されぬ大井川」である。水の高さによって,また人足の肩車や連台など,値段が違うことは知っていたが,また,時代劇などではよく悪いヤツが川の水が少ないのに川止めにしてもうける話が出てくる。
  でも,実際には命がけでただで渡る人がいたり,大名が川止めを止めさせたりと,いろいろあったようである。
  この島田市博物館の奥は国指定史跡の「川越遺跡」。当時の川越人足達の詰め所とも言うべき場所や川会所が残されています。
島田市博物館 島田市博物館分館 川会所跡 川越史跡
  第1の目的を達したため,やや疲れを感じるが,このあとは袋井に向かい,遠州三山と呼ばれる寺を巡った。
  1か所目,可睡斎  こんなのもいただいた。ただし,ここはご朱印第500円也
     
 2か所目,油山寺この寺は,五重塔にたどり着くまでにかなり歩いた。
  
 3か所目。尊永寺。左写真の山門をくぐってから,右写真の近代的建築の本堂までが半端じゃなく遠かった。
 本日の日程もこれにて終了。このまま浜松駅前のビジネスホテルをめざす。もちろん予約はしていない。ガイドブックで調べ,予約を取ったのはホテルルートイン浜松駅東。どこでもそうだが,駅に近いビジネスホテルだと,駐車場に困ることが多いので,平地駐車場の多い,駅から離れた場所を探す。しかしそうすると食事に困ることが多い。ホテル内で食べられればいいが,ここもまたホテル内にはなく,駅前まで行かなければならなかった。浜松駅前にはアクトシティ浜松とい立派な複合施設があり,ここまで歩いていって夕食を食べた。今日は生ビールとマグロ丼。浜松はマグロの産地ではないけど,静岡県ということで,まあ自分なりに合格,美味かった。
  今夜も早く寝ようと思ったが,24時間テレビを見始めたらなんだか寝られなくなり,真夜中過ぎまで見てしまった。
第3日   遅くまでテレビを見ていた割にはさわやかな目覚め。今日の朝食は昨日と違ってバイキング形式。普通ならおなかいっぱい食べるところだが,何といっても今日のメインは浜名湖のウナギを食べること。腹8分目でやめておいた。
  予定では舘山寺やその他の寺院を周り,浜名湖周辺でお昼を食べて帰途につくことにしていた。しかし,今回の旅行ではなんだかめぼしい寺院に当たらない。そこで急遽予定を変更した。
  行ったのは,航空自衛隊浜松広報館,通称エアーパークである。
入場料は無料。軍用機好きな人ならかなり楽しめます。といって,私が特に軍用機が好きなわけではありません。
  受付で上のパンフレットをくれたお姉さんたち,かなり美人。ここは自衛隊の施設ですから女性自衛官なのでしょうか。でも,自衛隊の制服は着ていませんでしたが。
入り口前の屋外にはF86型戦闘機が飾られています。
 
  展示施設の中には説明用の機体があります。コックピットが狭いのにびっくり。これじゃデブの人は戦闘機のパイロットにはなれない。
  続いて展示用の格納庫へ。ここには航空自衛隊歴代の戦闘機やヘリコプターなどとともに,復元されたゼロ戦なども展示されている。
  丁寧に説明してくれるおじさんたちがいた。見た感じ,年齢的に現役の自衛官とは思えないので,退官された方々なのではないだろうか。推測だが。ある1機の説明板を読んでいたら,その方の一人に「この機体に思い出でもありますか?
 なんなら操縦席に座ってみませんか」と言われたが,大人で操縦席に乗っている人はいなかったので丁重に辞退した。ここでは,記念写真用にサイズが豊富にそろった,パイロットの制服やブーツなどが借りられる。もちろん借りるのは主に子どもであろうが,大人用もそろっているところを見ると,これを借りるマニアな方も来るのであろう。
格納庫全景
   
グアム島で回収されて復元されたというゼロ戦
フライトシミュレータもありました。体験はもちろん無料ですが,外から見る限り完璧に気持ち悪くなりそうな動きです。戦闘機のパイロットはすごい!!
  エアーパークをあとに,いよいよ最後の見学地,新居関跡へ。関所の跡は箱根なども有名ですが,当時の建物が残っているのは数少ないそうです。その近くには当時の旅籠,紀伊国屋も残されていました。
資料館が併設されています。
 箱根にも同じような人形がありました。
所の資料館と共通の入館券です。
旅籠紀伊国屋です。中も見学できます。修復はされているのでしょうが,当時の面影がしのばれます。
  さていよいよ浜名湖のウナギです。新幹線に乗ると,養殖場が見えますが,道路沿いにはあまり見あたらない。ガイドブックによると,浜松市内には50軒以上のウナギ屋があると書いてあるが,道路沿いにはウナギ屋もそんなに多くないのかも知れない。
  浜名湖を回るような形で走り,入ったウナギ屋は「うなぎ千草」せっかくなので,うな重1600円だけでなく,うなぎの肝焼きも頼んだ。クルマじゃなければ日本酒を飲みたいところ。もちろんぐっとがまん。
  ただ,浜名湖のウナギと言っても,特別のモノではなく,ごく普通のうな重。話の種にはいいけれど,わざわざ食べに行くほどのものではないような気がした。
 満腹になり,帰途につく。そのまま三ヶ日インターから東名高速に乗り,浜名湖SAでおみやげを買い込む。基本的におみやげは買わない主義なんだけど,買って行かなくてはならないところが結構たくさんあり,売店のかごに入りきらないほどになってしまう。義理で買っていくところは,浜名湖名物,「夜のお菓子うなぎパイ」の小さいやつ。自分にはわさび漬けを,家族にはうなぎの佃煮とマグロの角煮を買った。
 渋滞の名所,秦野中井付近で小さな渋滞巻き込まれたが,それ以外は大きな渋滞に巻き込まれることもなく,順調に走り,5時前には東京に戻った。あと一走り,首都高から常磐道に入ったところで空腹感を覚え,ここまで来ればほとんど地元ともいえる守谷SAでいつもの守谷ラーメンを食べる。今回の旅行中,一番美味い食事だったかも知れない。
  こうして,7時前には無事帰宅。2泊で出かける恒例の夏旅行にしては,少しだけ欲求不満な感じが残った旅行であった。