第30回目 熊野古道
1日目:大阪駅⇒関インター⇒栃古(小公園)〜ツヅラト峠越え〜志子地蔵⇒古里トンネル〜熊谷道〜三野瀬駅⇒民宿(浜千鳥) 12Km
2日目:民宿(浜千鳥)⇒始神さくら広場〜始神峠越え〜馬瀬バス停⇒道の駅(海山)〜馬越峠越え〜尾鷲神社⇒関インター⇒大阪  11Km
2005.10.22〜23日、世界遺産に登録された熊野古道を歩いた。
古くは平安時代から上皇やお公家さんが熊野詣に通ったと聞く。

 熊野詣(くまのもうで)とは、紀伊半島南部、熊野にある、本宮(ほんぐう)・新宮(しんぐう)・那智(なち)の熊野三山を参詣すること。
平安時代後期以降の浄土信仰の広がりのもと、本宮の阿弥陀如来、新宮の薬師如来、那智の千手観音を本地(本体)とするとされ、本宮は西方極楽浄土、新宮は東方浄瑠璃浄土、那智は南方補陀落(ふだらく)浄土の地であると考えられ、熊野全体が浄土の地であるとみなされるようになった。
 中世、人々は生きながら浄土に生まれ変わることを目指して、熊野詣の道を歩いた。


江戸時代には「蟻の熊野詣」といわれるように蟻の行列のように大勢の人が訪れたという。
10月22日、朝、5時過ぎに起きて6時半自宅をスタート。天気予報では今期一番の寒気で雨も降るだろうと予報している。
大阪、大弘ビルに着くとバスが2台待っていた。オイラには2台目の小さいほうのバスを案内される。
8時過ぎ、バスは出発する。

2台目のバスには18名が乗り、座席は2シートに一人座れるほどのゆったりとした気分。
メンバーは60人の予定だったが、芝さんが盲腸炎で参加できず59名になったとか。
前の大きいほうのバスには41名乗っている計算になる。
2台目のバスでは杉山氏がお世話係りとなってコース説明、その他注意事項等を話してくれる。

バスがスタートすると程なく雨。天気予報が当たりイヤーな気分でいるとそのうち土砂降り。
ウォーク中にこんな雨だといくら雨具を着てもずぶぬれだろうなあ、と想像する。

10時、関インター。
12時過ぎ、栃古小公園をツヅラト峠(357M)越えウォークのスタート。雨はすっかりやんでいる。
1時間歩くと峠に着く。ここはかつて伊勢と紀伊の国境で伊勢から熊野に向かう旅人はこの峠で熊野灘を眼にして「ここからいよいよ熊野だなあ」と思ったらしい。

「ツヅラト石道」:(熊野街道が開かれたのは平安末期といわれる。当時は大内山川の上流栃古より海抜350Mのツヅラト峠を越え志子に下り、赤羽川をさかのぼり、島地峠を経て、海岸部に達したという。現在、志子川上流の谷谷に幅1M、長さ100Mに渡って、自然石をもって階段状に組まれた石道の跡が残されている。)

歩いていると、少々汗ばむが上着を脱いでるととても快適。最高のウォーク日和となった。
峠を越えて下り道には、「野面乱層積みの石垣」が残っている。
熊野古道の歴史は平安時代に遡るが、道の整備は江戸時代に本格的になされたようだ。この野面積みも大変な作業だったろうなあ。

また、道の両側は棚田の跡が伺われる。今は杉が植林されており、よほど注意してみない限りたんぼがあったとは思われない。
昔の人はこんなに狭い急な坂をも耕し平らにしてお米を作った。今の贅沢生活からは考えられない苦労があったんだ。

ツヅラトへの登り道

ツヅラト峠から熊野灘を望む

野面乱層積みの石垣
14時過ぎ、志子地蔵に到着。ここからまたバスに乗り古里トンネル手前まで送ってもらう。
14:30、古里トンネルを右に見て左の熊谷道の山道を登り始める。坂道は緩やかな勾配で歩くにはとても快適。
小1時間で峠着。この峠からも海の眺めがすばらしい。
H氏に写真を撮らせてもらおうと「Hさん」と声を掛けたら「おかあちゃあ〜ん」だって。愛妻家だなあ。

古里トンネル

熊谷コース登り口

頂上展望台、H氏。古里海岸をバックに
15:40、熊谷峠を下りるとJR三野瀬駅に到着。休憩をしてまたバスに乗り本日の宿舎「浜千鳥」に16時過ぎに着いた。
浜千鳥には18時半から夕食とのことで、最初にご婦人方が入浴、その後男性の入浴。
夕食の席で西村さんが井土さんの紹介や彼女がコース設計に当たって苦労話を聞かせてもらった。

宴では自前のビールに加えて殿護さんの焼酎差し入れ、増田さんのペットボトルに焼酎を入れたのを4本も持ってきてもらったのをありがたく頂戴した気分良く酩酊。
阪神がロッテにめちゃくちゃにやられているテレビを見ながら、8時過ぎにはもう寝てしまっていた。

JR三野瀬駅

民宿「浜千鳥」

浜千鳥裏の夕景
10月23日、6時起床。
7時朝食。旅館のまかないさんは大勢の客でおおわらわ。お弁当のおむすびを各自もらって7:50バスに乗り込む。
今日は「始神峠(147M )コース」と「馬越峠(325M)コース」の2コースだ。

8時、始神峠登り口に「桜広場」があり、朝の体操を小林さんのリードで、三好さんのカメラで記念写真。
8:10、2日目のスタート。今日もいい天気!
40分ほどで頂上に着く。
江戸時代の紀行作家・鈴木牧之が「大洋に潮の花や朝日の出」と詠んだここからの眺めもすばらしい。

道は写真の標識のとおり「江戸道」「明治道」とがあり、明治道は名のとおり明治になって造られたのだろうか。
下りはこの明治道を下る。

10時、馬瀬バス停に着き、バスで道の駅「海山(ミヤマ)」着。
旅館でもらったおむすび2個ではどうも心もとない。皆はここでおやつだとかお茶だとか買う。

桜広場で朝の体操

始神峠から紀伊松島を展望

10:20、道の駅を馬越峠に向けて出発。
この峠道、全部が石畳で整備されている。江戸時代であろうか、なんの機械もない時代、人力だけでよくまあ大きな石を運び上げてきれいに並べたものだ!
途中には町石が新しく木で造られている。起点から終点まで22町だ。

また、そもそもは旅人の安全を祈願するためのお地蔵さんが明治以降いつのころからか地元の人が赤ん坊の夜泣きを封じを祈って「夜泣き地蔵」と呼ぶようになった、という石の祠もある。

11:15、頂上でおむすびの昼飯。
歌碑が建っており羽田野氏が「なんと詠むのだ?」というも「無学文盲で読めません」と。よくよく見れば「夜は花の上に音あり山の水」 桃乙 とある。

11:50、下山スタート。
12:35、尾鷲神社着。
12:45、バスで帰途に着く。途中酒屋でビール・お酒を仕入れ、井土さんを道の駅「大台」で降ろし
17:20、大阪駅着。

イヤあー、よかった、良かった。あれだけ降ったのにウォーク中は一切雨に当たらず涼しい風に恵まれ精進のよさを感じた2日間だった。

馬越峠への石畳、えんえんと続く

途中町石?あり。全部で22町。

夜泣き地蔵

歌碑「夜は花の上に音あり山の水」 桃乙

尾鷲神社

楠の大木
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