大和の道祖神たちその1


深見城址跡?・・01-06-28
大和市は1万分の1の地図を拡げると、南北に106cm。東西に31cmと縦に長い。
東を境川、西に引地川が流れ、ほぼ中央を小田急江ノ島線が走ります。
東急田園都市線と相模鉄道が、東西を結び、西側には厚木飛行場が控えています。

市の文書によると、この地は往古、深見郷に属していた。
その後澁谷庄司重国がこのあたり一帯を所領し、中世なかごろには、関東管領家執事
上杉修理大輔の領域となり、戦国時代には、小田原北条氏家臣の采地となったが、
徳川時代にいたり、ほとんどが旗本の知行地となった。
旧村の名称は大字として残したが、村名について村内が折り合わず、
明治24年9月、村中が「大きく和する」というところから大和村と改称した。
資料:

大和市の石造物・・大和市史資料叢書 1・・昭和57年3月
やまと史跡地図・・市教育委員会・・昭和55年3月31日
土方全国道祖神資料
全神奈川10,000道路地図・・昭文社

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