竜の見る夢

written by 鈴猫



 夢だ……。

 ヴァルガーブは、燃える炎の様な髪の男を見た。

『ヴァルガーブ…すまねえな…約束たがえちまうな…』

男は振り返り、口のはしを少し上げて悲しげに笑った。





「ガーブ様っ!!」
自分を助けてくれた男の名を口にして、ヴァルガーブは目が覚めた。
「夢…か…」
 身体中が、きしんでいる。神があたえたもうたはずのエンシェント
ドラゴンの血と、彼自身を助けた魔族のくれた血が、ヴァルガーブの
身体の中でせめぎあっている。
 右肩に左の手のひらを置いて、側の岩はだに背をあずける。
右腕はドラゴンの形態に近くなっていた。後、どれだけ自分がもつのか
ヴァルガーブにもわからなかった。魔の力と神の力…それに引き裂かれて
死ぬのか…。全てが俺を殺すのか…。ため息をついて、目を閉じる。


 ヴァルガーブの脳裏に、昨日の事のように、ガーブとの最後の会話が
よみがえった。



「ちょっと出かけてくるぜ」
ヴァルガーブを呼び出した主は、いつもの様ににやりと笑った。
「お供を…」
「いや、良い。お前はお前のカタキを取るんだろ?そっちをやってろや」

 ヴァルガーブは、エンシェントドラゴン滅亡の折に、魔竜王ガーブに
救われた。神の側である筈の仲間、ゴールデンドラゴンによって、彼の
一族は根絶やしにされたのだ。同時期に、シャブラニグドウから離反した、
ガーブは魔族に追われていた。ガーブは、ドラゴンの時代の名をヴァルと
言った彼を、魔族の名と力と血を与えて瀕死の底からすくい上げた。

 ただ、ガーブはヴァルガーブには、特に重要な時でない限り、何も
望まなかった。ガーブ自身の古参の部下がのこっていて、彼に従っていた
事もあったが、何よりガーブがヴァルガーブを部下ではなく同じ様な
境遇であったことに、重きをおいたからのようにヴァルガーブには感じ
られた。

「お前のカタキウチも、俺の為になってるしな」
…それが、ガーブのヴァルガーブに対する言葉の一つだった。だから
その時も、いつもと同じだとヴァルガーブは思っていた。

「結界内にいかれるんですか?」
「ああ、ちょっと気になる事があってな…」
ガーブは、赤毛の魔導師と冥王の話を語った。

「で、ちょっと長くなりそうなんだ」
 結界内での足掛りの準備もあるし…と、つけたしてヴァルガーブを
見つめた。

「なんでしょう?」
「お前、怪我はもういいんだよな」
「はい」
「じゃあ、魔族の血を、もうぬいちまうか?」
「ガーブ様!?」
「まて!まてまてまて、そう怒るな、誤解するんじゃねえよ」
笑いながらカーブはヴァルガーブの肩をたたいた。

「いいか、今度はちょっと長くなりそうなんだ」
 子供に話して聞かせるように、ガーブはヴァルガーブの両肩に手を
置いて、顔を覗き込んだ。

「そこでだ、お前は他の連中とは違うだろう」
「ですからっ!」
「最後まで聞けって」
「…はい…」
「お前はエンシェントドラゴンの力を持っている、いわば神の力だ
 そして、俺の力…闇の力…魔族の力を今はもってるだろ」
「……」
「今はいい、俺が側に居れば、俺の力が他の俺の部下に流れ込んで
 いるように、お前の身体にも流れ込んでいるから、お前のエンシェント
 ドラゴンの力を、魔族の力が抑えて居られる。しかし、俺が結界の
 中にはいってしまったら、どれだけお前に力がいくのかわからねえ。
 そうなったときに、多分起こるのは力の不均衡だ。お前のただでさえ
 強いドラゴンの力を、俺がお前に与えて行っただけの力で抑える事が
 できるかどうか、俺にもわかんねえんだよ」

 言ってる事が解るか?とガーブはヴァルガーブの目を覗き込んだ。

「じゃあ、ドラゴンの血をぬいちまいます」
ヴァルガーブは、さらりと答えた。

「馬鹿、やめとけって、お前がお前であるからドラゴンの血があるんだ
 ろうが…」
 彼よりいくぶん背の高いガーブは、くしゃりとヴァルガーブの頭を
なぜた。笑いながら、若いな…と再び笑った。




「ガーブ様…」
 かわりにガーブは、ヴァルガーブに強大な力を移して出かけて行った。

『それだけありゃあ、勝てるのは俺位かな』
 笑って言った、強胆な魔竜王…。彼の存在が消えたのは、結界の外に
いたヴァルガーブにもすぐ解った。同じ力は、どれだけ離れていても
呼応する。思いも…無念さも…ヴァルガーブには自分の事の様に…いや
主であると思った物だからこそ、さらに重く深く彼自身にきざみこまれた
のかもしれない。

「ガーブ様」

 ヴァルガーブには、泣く暇などなかった。次々とやってくる魔族の刺客。
ヴァルガーブを消そうと、いや、彼にはガーブの痕跡を消そうとしている
ように思えた。魔族が、かつての仲間を、魔族といえども仲間を消す。

 ヴァルガーブは、闘った。彼自身の為と、彼の主の為に。

 死ぬ訳には行かない、消え去る訳にはいかない。生き続ける事が、
在り続けることが、反抗の証であるのだ。だからこそ、ガーブはヴァル
ガーブにドラゴンの血を捨てさせなかったのだ。エンシェントドラゴンと
しての血が生き続ける事。それこそが、彼と彼の一族を恐れ根絶しようと
した者達への、復讐となるのだから…。

 消した者は、消された者を忘れる。そうして完全な忘却が成った時、
本当に消された者達は、何処からも消え去るのだ。
ヴァルガーブは、それに甘んじるつもりはなかった。

「俺は…闘って追ってくるものを全て殺し尽くしてやる。連中の記憶に
 刻み込んで…忘れる事など許さない」
 ヴァルガーブは、ガーブから与えられた力を使い、追手を倒した。

 しかし、それは、供給元がなくなった水を使うような物で、彼の身体に
のこった魔竜王の力は絶対の量から、次第に減っていくのは理であった。




 ヴァルガーブ自身である、エンシェントドラゴンの力が、
ある日、動きだす。

 魔竜王ガーブを滅ぼした、赤い髪の人間があらわれた。そして、魔族
ゼロスもあらわれる。忘れていない…忘れるものか…ガーブ様を滅ぼした
者全てを、同じように滅ぼしてやる…ヴァルガーブの力は溢れだす。




 ドラゴンの力が目覚める。それは、ヴァルガーブの終わりの始まり。
神の側の者が、同じ神の者を殺す。神の力のはずが、ヴァルガーブ自身
を引き裂こうとしていた……あの日、別れ際にガーブは言った。

『もし、俺の力でも抑え切れそうになくなったら、魔族の血を捨てろ』
「いやだ…ガーブ様」

 思い出した言葉に、ヴァルガーブは苦しい息の下から声を絞りだした。
聞くものがいないのは、わかっている。だが、声にだす。だすことが
存在の証の様にヴァルガーブには思えたからだった。

「俺は…俺やガーブ様を消し去ろうとする者になりたくない…」
 身体中がきしむ。痛みが既にどこから出ているのかも解らない。
痛みが存在の証。しかし、ヴァルガーブにも解っていた。長くは続かない。
いつか彼の身体は、引き裂かれ神と闇の力に還元され骨ものこらない。
無になる…そして、その日は確実に近づいているのだ。

「全てが俺達を消し去ろうとするのなら…俺が先に全てを消してやる」
再び激痛がヴァルガーブを襲う。

「ガーブ様を消した魔族も…ゴールドドラゴンも!人間も!神も!
 覚えていることすら出来ぬようにしてやるとも!」
痛みを抑える事も既にできない。溢れていくエンシェントドラゴンの力。

 洞窟に、誰も聞く者の無い、ヴァルガーブの慟哭だけが響いた。




「哀れな神よ…俺を喰らうか…いいだろう…」

 全ての茶番が終わる…主の消滅を願ったものも、自分を消そうとした
者達をも飲み込む闇がやってくる…。自分が望んだものはなんだったのか。
はるかな昔…彼をヴァルと呼んだ仲間と共に望んだ事はなんだったのか。
もう…ヴァルガーブには、わからない。

 ただもう一度、あの魔竜王にあえたなら……。


END


HTML EDIT BY αえん

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