─── あの人の瞳はいつだって     
          たった一人を追い駆けていた ───


青嵐

written by 神無月紗羅




清々しい朝。

「ちょっとガウリイ!それあたしのお肉よっ!」

「知るかっ!早いもん勝ちだろ!」

そう、本当に清々しくのどかな朝で─

「ほーそうゆう事言うわけ?ならっ」

「あー!俺が最後に食べようと残しといた肉を。許さん、許さんぞリナ!!」

‥‥‥本当にのどかな─

「ふっふーん、この世の中は弱肉強食、早い者勝ちって言ったのあんたでしょ?」

「だからってフツーそこまでするか!?」

「何言ってるのよガウリイ。叩きのめすチャンスがあればとことん、それこそ二度と

歯向かわない様に叩きのめすっ!これがプロってもんよ!」

「だからって──」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ブチッ。

そこが私の我慢の限界だった。

「食事の時ぐらい静かにして下さい!!!」

シーン。

私の絶叫に食堂全体が静まり返る。

し、しまった。またやっちゃった。

「‥‥‥お客さん、すみませんが食事中に叫ぶのはやめてもらえませんか?」

「すみません、ごめんなさい」

おそるおそる声をかけてくる宿屋の親父さんに私は卑屈に頭を下げる。

あーん、私は正しい事をしたはずなのにー!!

私の心の叫びは、しかし誰にも届かなかった。

ううっ、しくしく。



「アメリア、あれだけ一般の人に迷惑かけちゃいけないって言ってたのに。人の話聞

いてた?」

食事も一段落し、お茶を飲みながらリナさんが言う。

確かにいきなり叫んで他のお客さんを驚かした事は反省してる。でも──

「だってリナさん達があんなに騒ぐから」

「だからって余計に騒ぎを大きくしてどうするんだ、全く」

ゼルガディスさんまでがあきれたように私を見る。

「でも──」

「でももだってもない!責任とってアメリア、ここの勘定あんた持ちね」

「ええっー!!」

抗議の声を上げる私を無視してリナさんは立ち上がった。

「お、リナ。どっか行くのか?」

「うん。食後の運動もかねて町を見物しに行こうかなって」

「じゃ、俺も付き合うよ」

リナさんの言葉にガウリイさんは軽くうなづくとふっとゼルガディスさんの方を見る。

──あっ。

「ゼルはどうする?」

ガウリイさんの馬鹿。

悪気がない事はわかってるけど、でもあんまりの言葉だ。だってゼルガディスさんは

──

「いや、俺は遠慮しておく。これ以上目立ちたくないからな」

相違ってそのまま席を立つゼルガディスさん。その視線は決して二人に向けられる事

はない。

そう、私は知っている。

「じゃ、アメリア。あとヨロシクね」

そう言い残すとリナさんとガウリイさんはそのまま宿屋を出て行く。

…はぁ…

私は大きく息をはき──

って、こんな事をしてる場合じゃなかった。

「ここにお勘定おいとくので、あとお願いしますね」

そう店の奥へ声をかけると私は急いでゼルガディスさんの後を追い駆けた。



「待って下さいよ、ゼルガディスさんっ!」

私の声に眉をひそめながら振り向くゼルガディスさん。

‥‥‥そんなに嫌そうな顔しなくてもいいのに‥‥‥

「アメリア、何度も言ってるように俺はあまり目立ちたくないんだ。頼むから大声で

人の名前を呼ばないでくれ」

「わかりました。今度から気を付けますね」

笑顔で頷く私を見て、なぜかゼルガディスさんは大きなため息をついた。

‥‥‥‥‥‥ま、いっか。

それよりも確かめたい事がある。

ずっと思っていて、でも怖くて確かめられなかった事が。

「ね、ゼルガディスさん」

「なんだ?」

不思議そうな顔で私を見つめるゼルガディスさんの目をしっかりと見返し私は尋ねた。

「なんでリナさんの事が好きなんですか?」

「なっ」

大きく見開かれる瞳。

そして沈黙が返ってくる。

そりゃあそうだろう。いきなりこんな事聞かれたら誰だって驚く。でも私はどうして

も確かめたかったのだ。何より自分自身のために。

私は再び問い掛ける。

「リナさんとガウリイさんが一緒にいる所を決して見ようとしないのに、どうして二

人の間に入って行こうとしないんですか?好きなんでしょ?リナさんの事」

「──なぜ、そう思うんだ?」

少し掠れた声。

そしてその視線は本当に射殺されそうなほど鋭い。

だけど──ここで引き下がる訳にはいかない。

「そりゃわかりますよ。だってゼルガディスさん、いつだってリナさんの事見てたも

の。そんなゼルガディスさんを私もずっと見てきたんですから」

「‥‥‥‥‥‥えっ?」

驚きの表情で私を見つめるゼルガディスさんに私はにっこりと笑いかけた。

「──ずっと、見てきたんです」

そう、ずっと──



「アッメリア!」

ぽん、と肩を叩かれ振り返るとそこにはリナさんの笑顔があった。

──会いたく、なかったのに‥‥‥

「なにやってるのよ、こんな所で」

そう言いながらすっと横に座るリナさん。

ここは宿屋の屋根の上。浮遊で登っていたのだ。

「捜したのよ。夕食も食べに来なかったし」

「‥‥‥食べたくなかったんです」

それだけ言うと私はそのまま空を見上げた。

我ながら子供っぽい行動だと思う。

八つ当たりだ、これは。わかっているのにそれでもどうにもならない。

「なにか、あったの?」

私の顔を覗き込むようにリナさんが訊ねてくる。

優しい瞳。

思わず涙が溢れそうになり、慌てて私はうつむいた。

そうだ、これはリナさんのせいじゃない。リナさんが悪いわけじゃない。

なのに──

「‥‥‥リナさんはガウリイさんの事、どう思ってるんですか?」

「へっ?」

「だから、リナさんはどうゆう風にガウリイさんを見てるのか聞きたいんですっ!」



面食らった顔のリナさんに私は再び強い口調で問いかけた。

──リナさんがはっきりしてくれれば、私にもまだチャンスはある。

そう思ったから。

でも──

「そうねぇー。わかんないわ、そんな事」

「真面目に聞いてるんです!ちゃんと答えて下さい!!」

私の声にリナさんは顔をしかめる。

「ちょっとアメリア、そんな大声ださないで。

これでも真面目に答えてるのよ?ほんとうにわかんないの。‥‥‥正直に言えばわか

りたくない、ってのが本音かな?」

「わかりたくない、ってなぜですか?仲間っていう関係が崩れるから?」

たたみかけるように言葉を続ける私にリナさんは迷うような瞳を見せる。

「っていうか──」

リナさんはそっと私から視線を外すと夜空を見上げた。あたしもつられて空を仰ぐ。



無数に煌く星々。

綺麗だと思った。同じようにリナさんも感じていると思った。

でも──

「全てを生みだせしもの、かぁ」

吐息のようにこぼれた言葉。

それは全く私の考えていたものじゃなくて。

「‥‥‥‥‥‥リナ、さん?」

「怖いんだ、きっと」

私の問いかけにリナさんは小さく笑った。

「あたしは誰かを本気で好きになる事を恐れてるの。もし誰かを好きになればその人

が魔族に狙われる事になるから。きっとガウリイみたいに人質にしてこう言うのよ。

『こいつを殺されたくなかった重破斬を使え』ってね。

  もしそんな状況になったら、どうするか、正直言ってあたしはわからない」

その言葉は私に向けられたものじゃなかった。

その言葉の先にいるのはきっとリナさん自身。

──知らない。

こんなリナさんを、私は知らない!



『何、言ってるんだ?』

驚いて固まったままのゼルガディスさんに私は勇気をかき集め言葉を紡ぐ。

『私はゼルガディスさんの事がずっと好きだった。だからずっと見ていたんです』

ひたすら祈った。

声が震えないように、逃げださぬように。

でも──

『馬鹿げてるな』

返ってきたのはそんな言葉で。

『何で?何でそんな事言うんですか?私が好きでいたらゼルガディスさんは迷惑なん

ですか?』

涙が溢れそうになった。

でも、泣くわけにはいかない。

そんな事をしたらゼルガディスさんはきっと困るだろうし、何よりも「これだから女

は」なんて思われたくない。

泣かない。絶対に泣かない。

必死に自分に言い聞かせる。

『何故?』

『お前は俺に「同情」しているだけだ。「好き」と「同情」を間違えているんだよ』



そう言ってゼルガディスさんが笑う。

酷く冷たい笑顔。

『‥‥‥‥‥‥違います』

『?』

『違います!何で「同情」だ、なんて決めつけるんですか?私はただゼルガディスさ

んの事「好き」なだけなのに!そう思っていちゃいけないんですか!?』

そのまま俯き、唇を噛み締める。

悔しくて、悔しくて。

それでも私は必死で涙をこらえた。

負けたくない、ただそれだけで。

『‥‥‥‥‥‥悪かった』

そんな言葉と共に暖かい手が頭を撫でる。

──えっ?

ぱっと顔を上げれば底にはバツの悪そうなゼルガディスさんの顔。

『だけど──』

ゆっくりと、しかしきっぱりゼルガディスさんが言う。

『俺が想っているのはリナだけだ』



「一人の魔導士として、絶対に重破斬は使っちゃいけないの。あれをもし暴走させれ

ばこの世界そのものが死ぬ事になる。あたし一人のためにこの世界で必死に生きてい

る人達まで巻き込むわけにはいかないから。

でも──その人を見殺しにする事は一人の人間として、絶対にやっちゃいけない事だ

と思う。っていうよりあたしは絶対にしたくない。だけど重破斬は使えない。どうに

もなんないのよね、結局」

そう言ってまたリナさんは笑った。酷く自嘲的な笑い。

それは見ているだけで胸が締め付けられて──

「リナさん‥‥‥」

何を言っていいのかわからず、ただその手を握りしめる。

「ま、どっちに転んだって後悔するだろうし。そんな風になるのならいっそ人を「好

き」になんかなりたくないなって、そう思うの」

「そんな‥‥‥そんなの哀しすぎますよ!」

どうしようもない事だってわかっていた。でも、言わずにはいられなくて。

ふっと昔聞いた言葉を思い出す。

『人は何故泣きながら産まれてくるか知っているかい?産まれる前に一生分の悲しい

涙を流してしまうためだよ。みんな幸せになるために生まれてくるんだ』

誰が教えてくれたんだろう?

その人に確かめてみたい。本当に人は幸せのになるために生まれてくるのか。

じゃあリナさんは?

リナさんも幸せになれるのだろうか。

──信じたい。

「そんな顔しないで、アメリア。大丈夫、何とかなるわよ。

だいたい人を一生好きにならない、なんて無理だと思うし」

そう言ってリナさんは大きく伸びをし、立ち上がる。

「リナさん、聞かせて下さい。もしガウリイさんの時みたいな事が起こったら、そし

たらリナさんはいったいどうするんですか?」

私の言葉にリナさんはふっ、と振り返った。

その瞳は真っ直ぐに私を見つめている。

綺麗な瞳。眩しすぎて直視できないほど。

「もし前みたいな事があったら。その時は──」

そう聞いたのは私なのに、何故かその先は聞きたくなかった。聞くのが怖かった。

前みたいな事がもし再び起こったら──リナさんはどうするのか。

「──そんな事が起こらないように強くなるのよ。もっと強く」

そう言ってリナさんはまた笑った。でもそれはいつもの不敵な笑みで。

──かなわないな。

心の底からそう思った。

──リナさんにはかなわない。

でもそれで良かった。私は私で、リナさんはリナさんなのだから。

こんな単純な事に、やっと気が付けた。

「リナさんっ!」

嬉しくて、思わず私はリナさんの首根っこにかじりつく。

「ち、ちょっとアメリアっ。ここ屋根の上なのよ!」

慌てて体勢を立て直すリナさん。

「何考えてるのっ!」

「あのねっ!」

リナさんの怒りの声が聞こえてくるがそんな事はどうでもよかった。

とにかく今伝えたい事がある。

「リナさんに逢えて、本当によかった!

私、どんな時でもリナさんの傍にいますから。だから、頑張りましょう。ねっ!」



「おはようございます!ゼルガディスさん!」

私の声にゼルガディスさんが驚いたように振り返った。

「どうしたんですか?」

「いや‥‥‥別に」

そう言って不思議そうな顔で私を見るゼルガディスさん。

──そうだっ!

「ゼルガディスさん。私やっぱりリナさんにはかなわないです。でもっ」

いったんそこで言葉を切ると私はにっこりと笑った。

今の私の最高の笑顔。

「リナさんの方が先に生まれてるわけだし、かなうわけないんですよね。

 だけど私も16になる頃にはもっといい女になってるはずだから。だから、待って

いて下さい!」

私の言葉にゼルガディスさんもふっと笑う。

「わかった。期待してるよ」

「はいっ!!」

今はその言葉だけで十分だ。

それだけで頑張れる。

だからもっともっと頑張ろう。

大切な人達に負けないように、護られるのではなく支えあえるように。

もっと「強く」なっていこう。

そう

私達は幸せになるために生まれてきたのだから。

THE END


HTML EDIT BY αえん

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