進め! インバース探偵団(前編)

written by ブラントン




 緊迫感が辺りを包んでいた。
 その中心にいるのは――二人の人間。
 一人はあたし、そしてもう一人は剣を構えた男だった。
 あたしはグッと相手をにらんだまま、呪文を唱え始める。
 ――勝負は一瞬――
「だああぁっ!」
 男は猛然と、あたしに向かって切りかかってきた。
「炎の矢(フレア・アロー)!」
 あたしは男に向かって、数本の炎の矢を放つ。
 ひゅん。
 しかし呪文はかわされ、男は切り込んでくる!
 かきぃぃん。
 あたしもショートソードを出して、それを受ける。
「くっ!」
 しかし向こうに勢いがあるため、あたしの剣ははじかれてしまった!
 そのままとどめを刺そうと、男は大きく右手を振りかぶる!
 ――が。
 あまいっ! これこそあたしの狙っていたチャンス!
「風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)
 ぼばぐわぁん!
 あたしの放った呪文は、みごと相手を場外へと吹っ飛ばした。
 ――勝負あった。
 爆煙が消え、中からあたしの姿が現れると――
 わああああっ!
 観衆の拍手と喚声が、新たに場内を包み込んだ。
「場外、それまでっ!
 よって優勝は、リナ=インバース選手に決定しましたぁぁぁっっ!」



「いやあぁっ! もう勝利の美酒は最高ねっ!」
 その夜、あたしは街の料亭で一人、食事にありついていた。
 本来ならば連れとしているはずのナーガは、本人いわく「一身上の都合」により今はいない。
 ………うーむ、ちょっとさびしいかな………
 まっ、ひさびさの大きな収入だし、そんなことはおいといて――
「よーし、今日は飲んで食って騒ぎまくるぞー!」
 さて、なぜあたしがこんなことをしているかというと――
 さっきいった理由でナーガと別れたあたしは、いつもどーりぶらぶらとそこらへんを歩いていたら、偶然武闘会なるものをやっている街に着いて、それに参加して無謀にもあたしに勝負を挑んできたやつらをぶっつぶし、優勝して賞金をたんまりもらった――
 とまあ一文でいうと、こうである。
「……リナ=インバースさまで、いらっしゃいますね」
 前からあたしに話しかける声が聞こえた。
「ん?」
 顔を上げると、そこには六十をこえるであろう、一人の男の姿があった。
「ほうはへほ」
「は?」
 あたしは「そうだけど」と言ったつもりだったのだが、いかんせん食いもんが口の中に入っていたため、相手には伝わらなかったらしい。
「そうだけど――なに?」
 ちゃんと口の中のものを飲み込んでから、ふたたびあたしは言った。
「わたくし、フレックスという者でございますが、あなたさまにおりいってお願いがありまして――」
 おおっ! いまどきめずらしく、やけにバカていねいな言葉。
「――ちょっと待ってね、とりあえずこれ食べちゃうから」
 そう言って、あたしはいったん会話を打ち切った。



「いやぁ、ごめんごめん。できるだけ急いだんだけど……」
 あたしが食事をしている間に、フレックスとなのったその老人は、同じテーブルの向かい側の席に着いていた。
「そのわりには、何杯もおかわりをしておられたようですが……」
「ま、そんなことはおいといて……なに? 依頼ってのは」
「さりげなく話題をすりかえていらっしゃいますね……」
 くっ、気づかれてたか。
 このじいさん、じつはなかなかのくせ者!
「まあ、それはいいとしてですね……
 依頼というのはわたくしの主人、アンドレフさまの護衛でございます。
 わたくしは、その御方の秘書をさせていただいているのですが、じつはここ最近、アンドレフさまを狙った暗殺未遂事件が、多発しておりまして――」
 そう言って、フレックスさんは説明を始めた。
 アンドレフというのは、この街の隣にあるフォレス・シティで、いちばんの商人なのだそうだが。
 この間から、やれ出かける途中に襲撃されるだの、寝込みを襲われるだの、ずいぶんと危険なめにあっているそうなのである。
「それで、アンドレフさまも外出を控えたり、警備隊を創設したりとしてはいるのですが――
 数を多く雇うよりも、かなりの強さを持った護衛を、一人雇ったほうがよいのではないか、ということになりまして、今回この武闘会を開催することとなったのです」
「――ちょっと待って。
 あれってその、アンドレフって人が開いたもんだったの?」
「ええ、そうでございます」
 ……うーむ、これはかなりの大物と見た。
「向こう側が少数であることはわかっているのですが、それ以外にたいしたこともわかっておりません。
 リナ様には護衛のほかに、犯人探しもやっていただきたいのですが……
 もちろん宿舎は用意いたします。報酬のほうも――」
「受けるわ、この依頼」
 あたしはフレックスさんに最後まで言わせずに承諾した。
 いくら街でいちばんの金持ちとはいえ、隣の街で武闘会を開いてしまうとは、かなりの金持ちである。
 ということは、報酬もとーぜん破格の金額!
 しかもそうすれば、乙女のあこがれ、優勝賞金と報酬の二重取り(はぁと)
 とくれば、これを受けない奴はその場で人間失格である。
「そうですか――ありがとうございます。
 では今日はもう遅いですし、出発は明日にいたしましょう。
 宿をお教えいただければ、お迎えに参りますが……」
「いいわよ先に帰って。ちゃんと一人で行けるから。
 フォレス・シティだったわよね、場所」
 ちなみに、フォレス・シティはこの街から一日ほど、歩いた所にある。
「――わかりました。では屋敷でお待ちしています。
 場所は、街の人に聞けばわかると思いますから」
「わかったわ」
「それでは、また明日」
 そしてフレックスさんは店から去っていった。



 さて、それからそろそろあたしも宿に戻ろう、と店を出たそのとき――
「ねえ、お姉ちゃん」
 ふと、横からあたしを呼び止める声が聞こえた。
「ん?」
 ふりむくとそこにいたのは――一人の少年。
 年齢でいえばまだ十二かそこらだろう。
 男にしてはまだ背は低いほうで、あたしよりも少しだけ下ぐらい、ってところ。
「お姉ちゃんでしょ?
 武闘会で優勝したリナ=インバースっていうのは」
「――そうだけど」
 あたしがそう返事するやいなや、いきなりその子は、ガバッ、と片ひざをついた。
 ……へ?
「お師匠さま! どうかこのレイルを弟子にしてください!」
「――やだ」
「……そんなぁ! いきなり『やだ』はないじゃないですかぁ!
 断るにしても、せめて――
 『あいすまぬ。拙者、弟子は取らぬ主義ゆえ』
 とかぁ、
 『おぬしのような子供には、拙者のような厳しい修行については来れぬだろう。あきらめられよ』
 とか、言ってくれると思ってたのに!」
「なんであたしが、そんなこと言わなきゃなんないのよ!」
「弟子と師匠の関係ってのは、そういうもんです!」
「だから弟子なんかとらないって!
 だいたい、あたしは明日から、隣街で仕事があるから忙しいの!」
 あたしはその少年を無視したまま、宿に向かって歩き出した。
「待ってください!」
 レイルくんは前に回り込んで、あたしの行く手をふさぐ。
 ……ったく、しつこいわね……
 おーし、こうなったら!
「炎の矢(フレア・アロー)
 あたしの言葉に現れる、数本の炎の矢。
「うわっ!?」
 おっ、よけた。
 あたしはさっさと追っ払おうと、すごく弱く、目の前のレイルくんに向かって、炎の矢(フレア・アロー)を放ったのだが……
「危ないじゃないですか」
 いきなり呪文を使うなんて、あたるかと思いましたよ!」
「ふっ、まだまだねレイルくん」
 あたしは彼の抗議を軽く受け流し――
「今のはテストよ。
 あなたがはたして、あたしの修行を受けるほどの資格があるのか、と思ってわざと不意打ちで唱えたのよ」
「あっ、そうだったのか!」
 ポン、と納得した顔で手を打つレイルくん。
 おしっ、言いくるめ成功。
「はーい、わかりましたか?
 それじゃあぼうや、よい子はもう寝る時間よ。バイバイ(はぁと)」
 あたしはいじらしく彼に手を振って、ふたたび宿に向かって歩き出した。
「……『それじゃあね』って……
 ちょっと待ってください! ボクはちゃんとよけたじゃないですか!」
 ……ちっ、やっぱ気づかれたか。
「はいはい、ンじゃこういうのはどう?
 ――これからあたしは君に攻撃をする。
 で、もしそれをぜんぶかわせたら、弟子入りを考えてもいいわ。
 もちろん、一発でもあたったら、即弟子入りはなし」
「……いいですよ。
 動きの速さなら、自信がありますから、ボク」
「じゃ、いくわよ」
 あたしはスッと下がって間合いを取った。
 もう夜だし、ここは町の中心からけっこう離れた所なので、人通りはほとんどなかった。
「炎の矢(フレア・アロー)!」
 さっ。
「氷の矢(フリーズ・アロー)っ!」
 ぱっ。
「烈閃槍(エルメキア・ランス)ぅっ!」
 ひゅぅん。
「ええーい、魔竜烈火咆(ガーヴ・フレア)ぁぁっ!」
 どぎゃぁぁん!
 ンな、とことんかわされてる!
 こいつ、すばやさだけなら暗殺者(アサッシン)なみか!?
「なんですか今のは! あたってたら死んでますよ!」
「いーじゃないの、あたんなかったんだから」
「そういう問題じゃないです!」
「に、しても――よ」
 ――じつは単に、あたしの呪文が、こんな子供にかわされてることにむかついたから、つい放ってしまっただけなのだが――
 もちろん、そんなこと言うつもりはない。
 よってここは、話題をさりげなくすり替える!
「よくよけたわねー、今の。なかなかたいしたもんよ」
「じゃあ、弟子入りを認めてくれるんですね!」
「ううん。ダメ」
「何でです!
 ちゃんとぜんぶよけたじゃないですか!」
 ふっ、みごとにひっかかってる。
「――あまいわ。
 あたしは『考えてもいい』って言っただけで、『弟子にしていい』なんてこれっぽっちも言ってないわよ」
「そんなのズルいです!」
 なおもレイルくんはくいさがるが、すでにしつこいだけである。
「あーもう、とにかく弟子はとらない! 以上、さよならっ!」
「――ちょっと待ってよあんたたち」
 さっさとその場を立ち去ろうとしたあたしの前に、一人のおばちゃんが立ちはだかった。
「ン、あたしになんか用?」
 あたしが返事をしている間にも、さらにおばちゃんやおじちゃん、それににいちゃんたちが十数人現れ、あたしたちをグルッととり囲んだ。
「なんでしょうかね、リナさん」
「知らないわよ、ンなこと」
「ちょっとあんたたち! どうしてくれんだいこれ!」
 そう言っておばちゃんが指さした先にあったのは――
 みごとに破壊された、数件の家々だった。
 ……そーいえば、よけた呪文ってぜんぶ後ろの家に当たってんだっけ……
 いやーよかった、火炎球(ファイアー・ボール)なんか使わなくって。
「弁償してもらおうじゃないの、家の修理代!」
「うちも!」
「うちもよ!」
 詰め寄ってくるおばちゃんたち!
 マズい! よしっ、ここは最後の手段!
 あたしは、レイルくんの肩にぽんと手を置き――
「……レイルくん……
 あとはまかせたわ(はぁと)」
「……『まかせたわ(はぁと)』……? ってなに言ってんですか!
 呪文使ったのはリナさんでしょ!」
「よけたあんたが悪いんじゃないの!」
「よけなかったら死んでます!」
 なおも見苦しく反抗を続けるレイルくん。
「弟子は師匠のためなら、なんだってするもんじゃないの!」
「それは確かにその通りですけど――
 って、弟子は取らないんじゃなかったんですか!」
「――翔封界(レイ・ウィング)!」
 あたしは言葉を返さず、さっさとその場を抜け出したのだった――
「あーっ! リナさん、逃げるなんてズルいですよ!」
 という叫び声を背にしながら。



「ここがアンドレフさんの屋敷ね……」
 翌日の昼間、あたしはさっそく仕事の場――フォレス・シティのアンドレフさんの家にやってきていた。
 さすが街いちばんの金持ち、というだけあって、アンドレフさんの屋敷は、聞けばすぐにわかった。
 しかしその屋敷自体は豪邸というほどでもなく、普通の金持ちとたいして変わらない。
 おそらく、こういうことに金を使うタイプではないのだろう。
 トントン。
 扉をノックしたあたしは、出てきた召使いらしき人物に、
「あのー、リナ=インバースが来たってご主人に伝えてくれる?」
 と言った。
 召使いが引っ込んでしばらくしてから、あたしの前に姿を現したのは、フレックスさんだった。
「おお、これはこれはリナ=インバースさま。
 ――予定では、明日ご到着のはずでしたが……」
「いやー、のんびり来るのもつまんないから、さっさと仕事始めようかな、って思って」
「そうですか、いえこちらとしても、そのほうが助かりますので」
 ――よーし、気づかれてない。
 ちなみにあたしが今言ったことは、もちろんまっかなウソである。
 昨日の騒ぎのせいであたしは、宿屋をドタキャンして、すぐに街を出なければならなくなってしまったのだ。
 なんせいくら広い街とはいえ、本気になって捜せば、あたしが泊まってる宿なんて、すぐに見つかってしまう。
 それでいきなり寝込みを襲われたら、たまったもんじゃないし。
 だから単に、それで早く来てしまっただけなのだが――
 そんなことをあえて言う必要などない。
 世間でも、『物事は自分に有利になるように持っていくものである』とか、『嘘は突き通せばやがて真実となる』とか、いろいろ言うでしょ。
「では、アンドレフさまがお待ちです。どうぞ」
 あたしは家の中に入っていった。



 ンで、そのアンドレフさんの部屋。
「お前がリナ=インバースか。フレックスから話は聞いているぞ」
 あたしの前に今座っている人――この人が今回のあたしの依頼主の、アンドレフさんだった。
 ざっと見た感じでは四十代後半のようだが、その体はまだまだ気力にあふれているように見える。
「なんでも――
 『年齢よりも、特に胸がはるかに幼児体型で、どう転んでも色じかけはできそうにない姿と、逆に子供っぽく甘えるにしては、生意気すぎる性格』
 とは裏腹に、
 『戦いのセンスと駆け引きについては天下一品で、向かってくる者を敵味方構わず、強力無比な攻撃呪文でなぎ倒す――』」
「……ちょ、ちょっと待って……」
 あたしはあわててアンドレフさんがしゃべるのを止め、ジト目でフレックスさんをにらみつけた。
「……フレックスさん……あんたどういう紹介したのよ……!」
「……いえ……私はあくまで、自分の率直な感想を述べただけでございまして、決して悪く言っているわけでは……」
「フォローになってない!!」
 ……ったく、やっぱりとんでもないじいさんだわ……
「ところで、依頼内容などはすでに話しているはずだが――」
 アンドレフさんが話題を変え、あたしに話しかける。
「ええ。さっそく明日から仕事に取りかかるわ。
 ――ところで、一つ聞いておきたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「狙われるような心当たりはないらしいけど、どう考えても、まともに商売やってるだけじゃ、こんなにはもうかれないわ。
 本当は、裏でなんかいろいろとやってたんじゃないの?」
 あたしのその言葉に、アンドレフさんの顔つきが変わった。
「……さすがに賢いな……」
「そりゃどーも(はぁと)」
 アンドレフさんは、いったん自分のいすに座り直すと――
「おまえの考えている通りだ。
 確かに私も、昔はいろいろとあくどいことをやっていた。
 もちろん、命を狙われるような行為をしたこともある」
「わかったわ。それじゃもう一つ」
「質問は一つじゃなかったのか?」
 ……いるんだわ、こんなふうに細かいとこ気にするやつ。
「今思いついたのよ。
 もし、今あなたが死んだら……いちばん得をするのは誰?」
 個人的な恨み以外に、動機としてもっとも妥当なもの――それは遺産である。
 こんな金持ちなんだから、こっちの方が可能性高いかもしんないし。
「……それは息子のゼリエルだ。
 私の財産は、ほとんどあいつに相続されることになっている」
「息子?」
「そういえば、まだ会っていないのだったな。
 もうすぐ戻ってくると思うのだが――」
「帰ったぜ!」
 ……じつにナイスタイミング。
 あたしたちの耳に、不良っぽい青年の声が飛び込んできた。
「お帰りなさいませ、ゼリエルさま」
 部屋にやってきたその青年――ゼリエルは、フレックスさんの言葉に返事もせず、その隣にいたあたしを見た。
「こいつが親父の新しい用心棒か?」
「リナ=インバースよ」
 フレックスさんに問いかけたゼリエルに、あたしは名乗った。
「どんな奴かと思えば、こんなただのガキかぁ?
 ――ったくうちらはよっぽど信頼されてねえんだなぁ」
 ……うちら?
「ゼリエルさま、このかたは武闘会の優勝者なのですぞ。
 口をお慎みくださいませ」
 フレックスがたしなめるが、ゼリエルの毒舌は止まらない。
「……ってことはよっぽどレベルが低かったんだなぁ、その武闘会は。
 べつに優勝者を雇わなきゃいけねえ、ってわけでもなかったのに、こんなガキ連れてくるんだからな」
「人を見かけで判断すると、痛い目にあうわよ」
 あたしのやや挑戦的な口調に、彼はあたしの方を向いて――
「ま、いやでもあんたの実力は見せてもらうことになるさ。
 こんど親父が襲われたときにでもな」
 そう言って、さっさと部屋から出ていこうとしたゼリエルだったが、ふとドアの所で立ち止まると、こっちを振り返り、
「親父も気をつけるんだな。敵は意外と身近にいるっていうしよ。
 いつそいつが、親父を襲うかわかんねえぜ」
 そう言い残すと、今度は本当に部屋から出ていった。
「……なんなの、あいつは……」
 あたしの多少あきれた声に、アンドレフさんは肩をすくめ、
「――あいつは生まれてすぐ母親をなくしてな。
 今まで男手一つで育ててきたから、どうもひねくれているところがあっていかん。
 腕はそこそこなんだが……」
「腕って商人としての腕のこと?」
「いいや。剣の腕だ。
 あいつは昔から負けず嫌いで、自分で剣術を始めてな。
 今ではかなりの腕になって、警備のリーダーを任せているくらいだ。
 自分は商人などにはならず、世界中の宝を探す旅に出るんだ、などと言っておるのだが――
 まったく困ったやつだ」
 ……ってことはそこそこの実力はあるわけか……
「まあ、あいつの言うことは気にしないほうがいい」
「――そうするわ」
 そしてあたしも、泊まる部屋に案内されるために、フレックスさんとともに部屋を出た。



 さて、その翌日。
 あたしはさっそく調査を始めようと、街に出て聞き込みを開始したのだが――
 はっきりいって、ぜんぜんいい情報なし。
 そんなわけで、帰り道でのあたしの足取りは重かった。
「……やっぱやめようかな……この仕事」
 ――しかし、こんなときにかぎって何かが起こるもんである。
「……リナ=インバースだな……」
 疲れた顔をして、屋敷への道を歩いていたあたしの後ろから、いきなり聞こえてきたのは、低く小さいがしかし強くはっきりとした、男の声だった。
「……あんた……誰……?」
 警戒しつつ振り返るあたしの目の先にあったのは、一人の人間の姿だった。
 ――背は高いが体格は普通で、黒装束に身を包み、頭はそのまま出しているが、鼻の上からあごの下までを布で覆い隠した――どー考えても暗殺者(アサッシン)にしか見えない、そのスタイル。
 ……しかし、ここがいくら街の外れだからって、なに昼間に暗殺者(アサッシン)がどーどーと姿現してんだか……
「……名乗る必要などない。
 この依頼からは手を引け。そのほうが身のためだ」
 ……ふっ、こりゃまた愚かなことを……
「そんなこと言われて、『はいそーですか』とでも言うと思う?」
 間合いを取りつつ、あたしは言葉を返した。
「……いや……
 だがわたしは、すごく親切なものでな。
 忠告ぐらいはしてやらないと、気がすまないのだ」
「それは、わざわざどうもね。
 ――でもおあいにくさま、あたし人の意見を参考になんかしないから。
 それよりも――もう一度聞くわ」
「てめえ、なにもんだ?」
「……ってちょっと、人のセリフを……
 ゼリエル!?」
 いつのまにか、あたしの隣にはゼリエルがやってきていた。
「――誰ですか、あの人は?」
 その隣には、昨日あたしを迎えた執事の人の姿も。
「――名乗る必要などないと言ったはずだ。
 あくまで降りる気がないというのなら、いずれ後悔することになるだろう。
 では、邪魔者も入ったようだしな……」
 それだけ言うと、男はすぐにその場から走って去っていった。
「待て!」
 それを追いかけようとゼリエルが飛び出し、あたしもすぐにそれに続く。
 しかしすぐいった所で、道は二つに分かれていた。
「どっちかしら……?」
「二手に分かれるか?」
「……どうやらそんなことしてもムダみたいね。
 あっちのほうがすばやいし、まず捕まえられないわ。
 今回はあきらめましょう」
「わかった。じゃ街中に手配させよう。
 今回の騒動に関わってるからには、そう遠くにいる奴だとも思えねえしな」
 そして、あたしとゼリエルは屋敷へと戻っていった。



 屋敷に戻ったあたしを出迎えたのは、フレックスさんだった。
「お帰りなさいませ、リナさま。
 弟様がお待ちです」
「……弟……?」
 ……たしかに郷里(くに)に姉ちゃんはいるけど、弟がいるだなんて話、聞いたことなんか……
 そう疑問を持ちながら、フレックスさんに案内され、応接間に入ると――
「姉ちゃん!」
 という聞き覚えのある声が、正面から飛び込んできた。
「レイルくん!?」
 ――そう。
 目の前にいた少年はまぎれもなく、おととい隣町で会った、レイルくんだったのである。
「会いたかったよ、姉ちゃん!」
 そう言いながら、いきなりあたしに抱きついてくるレイルくん。
「あ、あの、ちょっとどういうこと!?」
「話は聞いた」
 不意を突かれた行動に、何もできないでいるあたしに向かって、アンドレフさんが口を開いた。
「こんなところに住むのはもうイヤだ、と言って出ていった姉を追い、単身田舎から出てきたそうではないか。
 こんな子供では、一人で旅をするなど大変だったろうに」
 ……え……?
「……その話誰から聞いたの……?」
「もちろん、この少年だ」
 ……さてはこいつあたしの後を追ってきたな……
 ってそれにしても――
「……ンであんたたちは、何の疑いもせずにそれを信じたわけ……?」
 あたしのあきれたような声に、アンドレフさんはまったくみじろぎもせず、
「なにを言う!
 ああ麗しき、姉弟愛!
 じつに涙ぐましいかぎりではないか!」
 そう言って、アンドレフさんはホントに涙流してたりする。
 ……こいつ、賢いんだかバカなんだか……
「あのねえ!
 あたしとこの子じゃぜんぜん似てないし、だいいち名前だってちがうじゃないの!」
「ふっ、家族をあざむくため、顔の形を変え、偽名まで使っていることはわかっているのだ。
 素直に姉弟の再会を喜びたまえ」
「だぁぁぁぁぁぁっ! ンなわけないでしょうが!
 ンなこと言ったら、
 『じつはあたしの母ちゃんがあんたの奥さんだった』
 とか言っても、否定できないじゃないの!」
「いいやっ、それはない!」
「ほほぉぉう!
 そこまで言うからには、ちゃんとした根拠を聞かせてもらいましょうか!」
 あたしのその言葉に対して、アンドレフさんは自信たっぷりに――
「妻はもっと美人で胸もあった!
 すなわち! その娘がこんなに胸がないはずがない!」
「うるさぁぁぁぁぃぃぃっ!」
 どがらっしゃぁぁん!
 その日、アンドレフさんの屋敷の応接間は――あとかたもなく崩壊した。

(進め! インバース探偵団:つづくっ!)



次回予告

 レイルくんの再登場で、いよいよ役者はそろった!
 はたしてリナは、事件の黒幕をみごと突き止めることができるのか?
 そしてナーガの出番は!?
 次回、『進め! インバース探偵団(後編)』。
 さあ、いますぐ下をクリックするのだ!(笑)

『進め! インバース探偵団(後編)』


HTML EDIT BY αえん

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