思い出の Fernandes. FST-60
ここでは、筆者とギターの関わりを少し話してみよう。
ギターとの出会いは12歳の頃まで遡り、借り物のモーリスギターで初めて覚えたコードは確か”C”だったと思う。”F”が押さえられなくて手が腫れるまで随分練習したものだった。
そして初めてまともに弾けた曲はジローズの「戦争を知らない子供達」だった。14歳の頃には親戚から古いテスコのセミアコを譲ってもらい初めてエレキに触れた。
フォークギターと違いネックの握り易さや薄いボディ、何よりアンプから大きな音が出て来る事に感動した。ここでまた思い出した様にそれからまた練習に熱が入る。
そして15に成り少しませて来た私はブリテッュ・ロックにのめり込み、ディープパープルやナザレス・ロリーギャラガー・ジミヘンなどを好んで聞いていた。
そのせいか、ロック=ストラトキャスターという図式が頭の中で完成した。憧れのロックスターがストラトを弾いている事から欲しくて堪らなかった。
16に成ってバンドを組む事になりどうしてもSTが欲しく、行きつけの楽器店に毎日の様に通い未来の相棒を捜していた。そして、ついにバイトして手に入れたギターがHPでも紹介しているフェルナンデスのFST-60だ。これでハウリングばかりでロックが出来ないテスコからようやく解放された。
それから暫くは嬉しさのあまり一緒に布団で寝ていた程だ。少年の私にとっては何者にも替えられない大切な宝物だったに違いない。
練習にも身が入り少しずつだが成長して行った。レコードを聴きアームの使い方も覚えた。好奇心の強い私は購入後間もなくギターをバラバラに解体したり、塗装を好みの色に塗り替えたりもした。(幼い頃から少し器用だったらしい)また、試行錯誤は有ったがギター各部の調整法や各部の構造や回路なども理解出来た。この頃から既に弾く事よりもギターを扱う作業(改造など)の方に興味が変わっていたのかも知れない。
そんな大切なギターも長い年月とともに引越や転勤など生活環境の変化にさらされ手元から離れてしまった。 約30年も忘れ去られていたがまたギターに触れる余裕が出来て来たので再びこのモデルを探しだして入手した。もう敢て改造はしないと決めている。この時代まで生き残った思い出のギターに敬意を持って接している。いくら高級なギターでも思い入れのあるギターの魅力には敵わないのである。どんなものにも人それぞれの思い入れの有る何かが有ると思う。それがギターでなくても何でもその人にとっては大切な宝なのだ。そんなものをいつまでも大切にして欲しい。
フェルナンデスHPはこちら
Power Book G3
ストラトに通じるナイスアメリカンなデザイン
この写真についてのコメントを入力。この写真についてのコメントを入力。初めてPCを始めたのが96年で最初に購入したPCはアップル社製のディスクトップだった。その後、98年に i Macを購入しマックにどっぷりとハマってしまった。いわゆるマックユーザーと成っていた。ただ、マック得意のコンピューターミュージックには興味が特に無く殆ど縁がなかった。やっぱり音楽だけは本物の音を録りたいと思っていたからだろう。やはり根はアナログな人間だと言う事か・・・そして、99年に念願のノートタイプのPowerBookを購入する。モデルはG3/400/ブロンズだった。このモデルを購入後にHPをやり始めて随分、勉強もしたものだ。飽きっぽい私をやる気にさせてくれるマシーンだった。お陰で今の私が有る訳で感謝に堪えない。周りは圧倒的にウィンドウズ信者が多いのだが、その分、更にレアなマシーンを使っている様に感じるから不思議メーカーだ。そんな事は良いとして、曲面を生かしたフルム・デザインはとにかく美しかった。イタリアのカーデザイナージウジーアローのように流麗である。所謂、PCがフアミリーセダンらPowerBook G3 はコルベットの様なアメリカン・スポーツカーに思えた。 見栄えだけでもPCを圧倒出来たのだ。但し、ソフトウェアーの数とオフイスの設置台数では足下にも及ばずマイナーなイメージと成っていた。それでもマックはドンドン進化を遂げている。OSも成熟しているし、インテル製プロセッサを導入してマックでウィンドウズを走らせる事も出来る様に成った。ヂデュアルブートで使えば複数のOSが自由に使える。会社でも自宅でもマック1台で事足りる。こんな素晴らしいマシーンを造っているアップル社に敬意を抱いているしマックユーザーで有り続けて良かったと誇りを持って言える。
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