YZR500の歴史

ここではYZR500の歴史を画像で見る事ができます。



2003年6月24日より同年11月28日まで期間限定で
静岡県のヤマハコミュケーションプラザにて
" WGP500 最高峰への挑戦 YZR500 30年の進化 ”
が開催されました。





OW20 
 ( 1973〜1974年 )
ヤマハ初の500cc
ファクトリーマシン

後ディスクブレーキ採用 のクロモリフレームに、水冷並列4気筒ピストンリードバルブエンジンを搭載。'73年4月のフランスGPでデビューウィンを飾る。


OW23
( 1974〜75年 )
初の500cc専用開発、カセットミッション採用

'74のベルギーGPで投入し、翌'75年のグランプリを戦ったヤマハ初の500cc専用設計マシン。500cc挑戦3年目にして初の年間タイトルを獲得した。

OW35
( 1977年 )
ボアストローク変更の新エンジンを搭載

吸気方式をピストンリードバルブから、ピストンバルブ方式に変更。ボア・ストロークを56×50.6へ変更し、パワージェット付きキャブレターも採用された。

OW35K
( 1977〜1978年 )
YPVSを採用したケニーのV1達成モデル

YPVS(ヤマハ・パワーバルブ・システム)を装備したモデル。’78年にはケニー・ロバーツが自身初の世界タイトルを獲得。V3への第一歩を踏み出した。

OW45
( 1979年 )
ピストンバルブ並列4気筒の代表マシン

排気ポートの周辺部のみをミクロン単位で切除する、ホーニングリリーフ工法を施し信頼性をアップ。'80年発売の市販ロードレーサーTZ500のベース車となった。

OW48
( 1980年 )
アルミフレームを初採用

角型アルミフレームの採用は、ボディーの大幅な軽量化を促進した。この年ロバーツは全8戦中このOW48で5戦を戦い、3年連続チャンピオンに輝いた。

OW48R
( 1980年 )
両外側後方排気の
並列4気筒


'80年の第4戦オランダGPから投入された
このモデルは、前年型のスチールフレームに
後方排気エンジンを
搭載し、出力アップを
図っていた。

OW53
( 1981年 )
並列4気筒最終モデル

'80年登場のOW53は、前年に登場した両側後方排気の後継モデル。また並列4気筒エンジン搭載の最終モデルでもあった。

OW54
( 1981年 )
スクエア4・ロータリーディスクバルブ搭載

ヤマハ初のスクエア4エンジンをアルミ製フレームに搭載したモデル。バリー・シーンにYZR500での初優勝をもたらしたバリーファン思い出の一台。

OW60
( 1981年 )
2代目スクエア4、グレーム・クロスビーがランク2位

重量的にハンデのあったOW54から6kgの軽量化が図られた。開幕戦ではK・ロバーツ、B・シーンがワンツーを飾り、G・クロスビーが年間ランク2位を得た。

OW61
( 1982年 )
500ccGPマシン初のV型4気筒

2ストGP500で初めてV4エンジンを搭載したマシン。デルタボックスフレームの萌芽を示すフレーム構成が特徴だった。後の500ccマシンの方向性を決めた1台。

OW70
( 1983年 )
デルタボックスフレームが登場

初のアルミ製デルタボックスフレーム採用マシン。フロント17インチ設計も初めてだった。ケニーVSスペンサーの歴史的な死闘を演出した。

OW76
( 1984年 )
ローソンが初タイトルを獲得

従来型のロータリーディスクバルブ吸気から、クランク室リードバルブ吸気方式へ変更。新エースのエディー・ローソンが、全4勝を上げて、初タイトルを獲得した。

OW81
( 1985〜86年 )
平選手が全日本でV3を達成

全面新設計のV4を採用。ローソンが2年ぶり2度目の世界チャンピオンを獲得した一方で、全日本では平忠彦選手が3年連続タイトルを獲得した。

OW86
( 1987年 )
4度目のメーカータイトル獲得に貢献

騒音規制の新レギュレーションに対応し、テールパイプ部を延長するなどの排気系の変更を行なった。日本GPでは雨の鈴鹿でランディー・マモラが独走の優勝。

OW98
( 1988年 )
右2本出しマフラー、左右非対称リアアーム

エンジン下でクロスしたエキパイを2本とも右後方に出すレイアウトを採用。同時に右側を大きく湾曲させた左右非対称リアアームを装備した。

OWA8
( 1989年 )
データ記憶装置を投入

全走行行程でのマシン状態をセンシングするデータレコーディングを本格投入。全日本では藤原儀彦選手がこのマシンを駆ってV3を達成した。

OWC1
( 1990年 )
レイニーを世界チャンピオンに導く

ウェイン・レイニーが通算7勝を挙げ、初のタイトルを獲得したマシン。後にヤマハが欧州コンストラクターにエンジンを販売、車体データの公開を実施した際のベース車両となる。

OWD3
( 1991年 )
通算7度目のメーカータイトル

新たに電子制御のリアサスペンション(CES)を採用。W・レイニーが6勝を飾り、2度目の世界タイトルを獲得した。ヤマハは通算7度目のメーカータイトルを獲得。

OWE0
( 1992年 )
レイニーがV3を達成

155PSから160PSにパワーアップ。W・レイニーが3勝を挙げて、キング・ケニーに並ぶ3年連続3度目の世界チャンピオンを獲得した。

OWF2
( 1993年 )
アルミ押出し材フレームの採用。

アルミ製メインフレームに押出し材による目の字断面タイプを採用。ヤマハにとって通算8度目となるメーカータイトル獲得に貢献した。

OWF9
( 1994〜95年 )
エアボックス加圧で吸気効率ボアアップ

シーズンを通してルカ・カダローラが駆り、ランキング2位を獲得。95年仕様は走行風圧をエアボックス加圧に活用し、吸気効率を高める設計が施された。

OWJ1
( 1996年 )
パウダーピストン採用モデル

耐熱強度に優れるパウダーメタル鍛造ピストンの採用、シートレール部を廃した新フレームも特徴だった。阿部典史選手が日本GPで初優勝を飾る。

OWHO
( 1997年 )
Vバンク角75度、ドライブ軸位置変更

エアボックス容量確保のために、Vバンク角を75度に変更。OWJ1と平行開発されたが、結果的に実戦投入が前後して開発コードと出場年度が逆転した。

OWK1
( 1998〜99年 )
無鉛仕様で各コースの最高速を更新

規制変更に伴い無鉛ガソリン仕様となったモデルだが、各コースの最高速記録を次々に更新した。熟成が進んだイギリスGPでサイモン・クラファーが初優勝を飾る。

OWK6
( 2000年 )
通算9度目のメーカータイトルに貢献

前年のOWK1の発展モデル。ギャリー・マッコイの3勝、マックス・ビアッジの2勝、阿部選手の1勝などで、7年ぶり通算9度目の500ccメーカータイトルを獲得した。

OWL6
( 2001年 )
ビアッジがランキング2位を獲得

車体ディメンションの見直しにより、瞬発力あるコーナー脱出特性を実現。各選手の乗り方に合わせ、ロングタイプとショートタイプのリアアームが投入された。

OWL9
( 2002年 )
YZR500の28代目・最終モデル

4ストマシンとの混走レギュレーションの中、ドイツGPでオリビエ・ジャックがポールを獲得。また阿部選手がランキング6位に入り、YZR500の高ポテンシャルを示した。











2005.10.30



Ads by TOK2