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家形石棺の一つの側壁に孔を開け、そこに羨道を取り付けた特殊な構造の施設です。石室と石棺のあいのこの様なもので、山陰地方・主に島根県、鳥取県に集中しています。典型的な石棺式石室の整ったものは、蓋石の外面もきちんと家形に加工され、石室というよりは石棺といった方が良いものもあります。普通の横穴式石室と同様、石室の内部に石棺や特殊な石床、石障などの遺骸を納める構造を備えたものがありますので、やはり横穴式石室の一種としてみなされています。

山陰地方おける石棺式石室の分布は、出雲西部・東部、伯耆西部・中部・東部、因幡西部などですが、同じ石棺式石室といっても相当の地域差が認められます。その分布中心である出雲地方東部地域では、典型的な石棺式石室が集中しています。典型的な石棺式石室とは、大型の家形石棺の一側壁に、戸口を刳り抜き羨道を付加したものです。これは同地方に多く見られる横口付家形石棺に起源をもつものと考えられています。横口付家形石棺の古いものは、筑後・肥後方面にありますが、出雲地方に分布する横口付家形石棺の起源の有力な候補として考えられています。但し九州の横口付家形石棺は戸口が妻入り側に付くのに対して、出雲では平入りに付くという違いが見られます。同様に石棺式石室においても、妻入り型と平入り型が存在しますが、出雲地方の石棺式石室は横口付家形石棺と同様に妻入り型が多いようです。

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永久宅後古墳

       

えいきゅうしたくご:島根県

 

飯梨岩舟古墳

       

いいなしいわふね:島根県

伊賀見古墳

       

いがみ:島根県

雨乞山古墳

       

あまごいやま:島根県

 

 

 

大田古墳群

佐々木宅古墳

       

 

佐々木畑古墳

       

 

 

加美古墳

       

 

かみ:島根県

 

 

加佐奈子古墳

 

野津宅前古墳

阿弥陀寺古墳

       

あみだじ:島根県松江市

 

西宗寺古墳

       

せいそうじ:島根県松江市

 

朝酌岩屋古墳

       

あさくみいわや:島根県松江市

 

朝酌小学校古墳

       

あさくみしょうがっこう:島根県松江市

 

岩屋後古墳

       

いわやご:島根県松江市

 

 

 

 

栗坪1号墳

       

くりつぼ:島根県八束郡東出雲町

講武岩屋古墳

       

こうぶいわや:島根県八束郡鹿島町

山崎古墳

       

やまざき:島根県平田市

奥屋敷古墳

       

おくやしき:島根県平田市

地蔵山古墳

       

じぞうやま:島根県出雲市

出雲平野に臨む低丘陵の中腹に位置する。現状では一辺約15m、高さ5mほどの方墳状をなすが、本来の墳形は不明。埋葬施設は、凝灰岩切石で構築された全長9mの複室の両袖型横穴式石室で、奥室、前室、羨道から構成される。奥室は長さ2.6m、幅2.4m、高さ2.5mの規模を有し各壁、天井とも一枚石で構築されている。また前壁の中央には人が通れる位の刳抜きの入口が設けられている。前室は長さ2.35m、幅2.25m、高さ2.15mの規模で両側壁とも二段積みで構築され、一部に切組積みの手法が取り入れられている。羨道部は、長さ2.9m、幅1.9m、高さ1.5mの規模で、左側壁は二段積み構築、右側壁は一枚石を据え、一部に小形の石で補っている。玄室には奥壁に接して横口付家形石棺を、その前面には、この地域ではみられない浅いU字形のくり方を持つ有縁石床が平行して玄室いっぱいに置かれている。

(日本古墳大辞典:東京堂出版)

 

 

 

8号墳古墳

       

はやし:島根県

団原古墳

       

だんばら:島根県松江市

宮内1号墳

みやうち:鳥取県

塩津神社古墳

しおづじんじゃ:島根県

お亀石古墳

おかめいし:大阪府富田林市中野

石川左岸羽曳野丘陵の東端、南東方向に派生する尾根の中腹宇南斜面に立地する、直径15m・高さ3mの円墳です。埋葬施設は横口式の家形石棺に羨道部が付設されたもので、全長11mの規模を有し南に開口しています。家形石棺は凝灰岩製の刳抜式で、長辺に各2、短辺に各1の縄掛突起を持ち、棺蓋の大きさは長さ2.65m・幅1.75m・高さ0.75m、棺身の大きさは長さ2.5m・幅1.5m・高さ0.9mで、石棺の内法は長さ1.8m・幅0.85m。石棺の周囲三方には7世紀初頭創建の新堂廃寺と同じ創建瓦が70cmの高さに積まれていました。石棺上に天井石はなく、羨道上に1石見られるのみです。羨道部の全長は8mで、石棺の南側羨道床面には1.6mにわたって礫敷があり、南端にやや大きな石を置いて羨道との境を画しています。羨道側壁には粗く加工した花崗岩が使用されています。新堂廃寺と同じ創建瓦が使用されていることから、この古墳の被葬者は、生前、新堂廃寺の造健にかかわった百済系の渡来氏族と考えられています。築造年代は7世紀前期。

(日本古墳大辞典:東京堂出版)

 

上三川愛宕塚古墳

かみみかわあたごづか:栃木県

上三川兜塚古墳

かみみかわかぶとづか:栃木県

十里木古墳

じゅうりき:栃木県

 

 

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